甥っ子が泊まりに来た夏の夜
夏の終わり、少し涼しさが出てきた頃。
甥っ子が我が家に泊まりに来た。子どもたちは大喜びで、はしゃぎすぎて夜はぐっすり寝ていた。
甥っ子、長男、私は布団に横になり、「こういう日常が一番だな」なんて、安心感に包まれていた。
突然の声「ねね、ちょっと起きて」
そんな夜中のことだった。
「ねね、ちょっと起きて」
暗闇の中で、夫の声がした。時刻は2時過ぎ。
「…なに?」と寝ぼけながら返すと、夫はこう続けた。
「頼みがあるんだけど」
「さやかがリスカしてるかも」
「え、なに…?」
「さやかの家に一緒に来てほしい」
頭が一気に覚めた。
「は?なんで私が?」
「さやか、昨日親とケンカしたみたいで…たぶん、今すごく落ち込んでる。もしかしたら、リスカしてるかもしれない」
私は言葉を失った。
「今、夜中の2時だよ?何考えてんの?」
「わかってる。でも…1人で行くのが怖いんだ。なんかあったらって思うと、1人じゃ無理」
「そんなの知らないよ」
断っても、お願いされて
「お願いだから。一緒に来てくれたら、それでいいから」
夫は本気だった。
信じられなかった。
なぜ“さやか”のために、私が深夜に起きて動かなきゃいけないのか。
なぜそんな異常なお願いを、家族を放ってまで言えるのか。
でも――
結局、私は一緒に行くことにした。
本音を言えば、行きたくなんてなかった。
子どもと甥っ子を置いて、こんな時間に出かけることも「さやか」のために車を出すことなんて。
ただ、夫の様子がいつもと違って見えた。
このとき、私は確信した。
夫の中ではもう、私よりさやかの方が大きな存在になってる。
“家族”を守ろうとする人の行動じゃない。
それに気づいたら、何も言葉が出なかった。
怒りよりも、悲しみよりも、ただ虚しさが広がっていく。
真夜中の2時。目的地までは片道30分。
なにもかもがおかしい夜だった。
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